早稲田大学でアスレティックトレーナーの資格を取得し、現在は株式会社Dr.トレーニングにてパーソナルトレーナーとして活動しながら、育成担当・事業責任者としても活躍中の池田さん。そんな池田さんに学生時代の実習とそこで学んだことについてお伺いしました!
池田さんのご紹介
名前
池田珠理(いけだじゅり)
年齢
25歳(1993年生まれ)
出身
神奈川県
出身校
早稲田大学スポーツ科学部
プロフィール
中学でバレーボール部、高校でハンドボール部に所属していたが、選手としては活躍できずに終わる。
高校生の時に部活にトレーナーの方が来てくれていたことで、アスレティックトレーナーという職業を知る。
選手として活躍はできなかったがスポーツ現場に関わりたい気持ちが大きく、大学に進みアスレティックトレーナーの資格を取得する。
大学では4年間の現場実習を経てプロチームのトレーナーとして活動することも考えたが、より多くの人にトレーニングの楽しさや重要性を知ってもらいたいと思ったことがきっかけで、パーソナルトレーナーとして働くことを決意する。
現在は、パーソナルトレーナーとして活動する傍ら、事業責任者と社内のスタッフ育成も行っている。
トレーナーだけでなく、育成担当・事業責任者としても活動
ーー今はどんな仕事をされていますか?
現在は株式会社Dr.トレーニングという会社でパーソナルトレーナーとして活動しています。
加えて、社内の育成担当と事業責任者にもなっているのでトレーナーだけでなく幅広く仕事をしています。
実習先はラクロス・サッカー・バスケ・アメフトなど幅広く
ーー学生時代にはどんな実習へ行っていましたか?
大学ではアスレティックトレーナー(AT)になるための勉強をしていたので、ATとして活動ができるところを選んでいました。
大学ラクロス部、高校女子サッカー部、社会人バスケクラブ、高校アメリカンフットボール部など多くの現場で実習をしていました。
高校生には教育的な役割も大きかった
ーー実習の内容について教えてください
ATの仕事としては、
・選手の傷害評価
・テーピング
・応急処置
・リハビリ
・トレーニングプログラムの立案
・体力測定
などは主に行っていました。
高校生のチームに関しては、トレーニングやリハビリについての教育も大きな役割でした。
ケガをしても我慢してやりたいという選手も多かったので、選手に休む重要性を理解してもらえるように伝えるのは難しかったですね。
はじめは新歓、その先は紹介
ーーどうやってその実習先を見つけたんですか?
最初の活動場所のラクロス部は大学の新歓で見つけました。
コンタクト競技というのもあり多くの傷害がありそうだなと思って入部を決めました。
その他の実習先は先生やチームのヘッドトレーナー、同期の紹介からでしたね。
たまたま現場を探している時に先生からの連絡があったのと、好きなスポーツのトレーナーができるということで迷わずに決めました。
それからは、帯同先のヘッドトレーナーからの紹介でもう1チームで活動できたり、留学帰りに現場を探していたら同期が声をかけてくれたりしました。
振り返ってみると、男女のチームも年代のカテゴリーも異なるチームに携われたことは貴重な経験でしたね。
“覚悟”と“信頼関係”が最大の学び
ーー実習の中で心に残っていることはありますか?
全ての実習先で心に残っていることはありますが、
一つは
「プロとして働く覚悟」を持つことの大事さがわかったことです。
わたしは大学2年の頃から学外でのトレーナー実習で少しだけですがお金もいただいていたので、「学生だから」というのは通じませんでした。
言い訳ができない環境だからこそ、分からないことがあれば誰かに聞いたり自分で考えたりする癖がついたと思います。
もう一つは
「選手やスタッフとの信頼関係が一番大事」と言われたことです。
トレーナーとしてどんなにいいものを持っていても、信頼関係がないことには何もさせてもらえないです。
そのため、どんなときにも選手やスタッフとのコミュニケーションが欠かせないと学びました。
先読みと当たり前を大切にしよう
ーー今、実習に出ている学生トレーナーへアドバイスをお願いします。
学生トレーナーとしては、
・自分で考えて先を読んで行動すること。
・当たり前のことこそきちんとやること。
ができるといいかなと思います。
言われたことしかできないと、いざという時に動けなくなってしまうこともあるので、チームや選手のために何ができるか自分で考えて行動できるようになるといいですね。
また、トレーナーは目立つ仕事ではないですが、水を汲んだり細かいところまで気を配って当たり前に回すことができるようになれば、人の身体をみるときにつながると思うので今できることを精一杯やってみてください!